ビジネスの理想形70年代に入ると外貨持ち出し制限も解かれ、日本人にとっての海外旅行がより身近なものになっていきます。とはいっても現在のような格安のパッケージツアーに比べれば、当時ヨーロッパに旅行するのはまだまだある種のエリート層に限られたものでした。ファッションの世界でいえば研究紹介目的で渡欧するデザイナーや、雑誌撮影で訪れるモデル、スタイリスト、カメラマンといったような人種です。彼らがパリ旅行の記念にと現地で購入してきたルイ・ヴィトンのバッグやエルメスのスカーフは、たちまち『アンアン』等の女性誌で紹介されてブームを巻き起こしました。それらはまだまだ日本では簡単に手に入れられないという飢餓感がマーケットの需要をいたずらに煽り、結果として並行輪入業者がこのマーケットに飛びつき、かたや悪質なコピ商品も市場に出回るようになってしまいます。76年、並行輸入業者をはじめとする日本人観光客によるヴィトンの“パリ本店前の行列”が海外で大々的に報道されました。事態の異常さに恐れをなしたルイ・ヴィトン本社の経営陣は大手会計事務所ピート・マーウィックにコンサルティングを依頼。その東京事務所のコンサルタントとして調査を担当したのが現在のルイ・ヴィトンジャパン社長の秦郷次郎でした。秦さんが本社に提出した報告結果は「代理店販売を一切取りやめ、新たにルイ・ヴィトン直轄による直営組織を作るべき」というものでした。その提案を聞き入れたルイ・ヴィトン本社は78年3月に日本支社を開設。