府内のアーチ形石橋

2011-04-12

由良川の支流、岡田川に架かる旧国道175号の旧岡田橋は、花尚岩の切石を積み上げた長さ十六・七メートル、幅五・八メートルの珍しい単アーチ橋で、府指定文化財です。府内のアーチ形石橋は、この橋を含め二つしか現存せず、大変貴重な建造物です。設計は、琵琶湖疏水で有名な田辺朔郎といわれています。西欧の近代的な土木技術を取り入れた工法で、明治二十年(一八八七)に建造されました。すでに撤去されている、地頭地区の桧川橋とともに、美しいアーチが二つ揃った「めがね橋」との愛称で親しまれてきました。その後、国道は改修されましたが、貴重なこの橋だけは石造りの力強いアーチに支えられ、百年以上の風雪にも耐え抜いて、現在に至るのです。須代遺跡では、弥生時代中期中ごろに幅五メートルもの濠が掘られ、その後、濠は徐々に埋没していき、弥生時代末にはほぼ埋まってしまい、ムラに人々が住まなくなります。その後、古墳時代中期(五世紀ごろ)になって再び人々が住みはじめます。遺跡東側の丘陵上から、明治二十六年墳丘斜面上半に平らな石を貼り付けた、これまでの同種の墓としては最大のものです。大型の墳墓にもかかわらず、埋葬施設は組合式木棺一基のみで、棺内からは六百七十点を超える大量の管玉と赤色顔料を検出しました。この墳墓は、九州の吉野ヶ里遺跡(佐賀県)の墳墓に近い規模ながら、一人のための墓であることから、すでに王墓がこの地域に出現していたことを物語っています。また、遺跡では鉄加工や玉つくり、石斧製作などが行われていました。

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